運命のパートナーとめぐり合いたい人間が男と女に分かれている以上、必ず、自分にとっての運命のパートナーというのはいるはずです。
神は、創造主は、そのために人間を男と女に分けたのでしょうから。
つまり、自分の人生にとって、この人と出会え、つき合えることから、自分の本当のよさが導かれ、生きがいも味わえるという出会いです。
ただ、"運命"といいますが、かなりの部分は、本人の努力も求められています。
生まれてから、今までの全ての生き方が、運命の人がどんな人であるかを決めているといえるからです。
ただ、口先で、「こんな彼っていないかしら」「お金持ちで、上品で、やさしくって、背が高くって、そんでもって私を一番大事にしてくれる人がいい」とか、いってみて
も、そういう彼にふさわしいあなたであるかが問題なのです。
「運命の人」というのは、います。
しかし、決して「偶然の出会い」ではないのです。
あなたの努力、彼や彼女の生き方が、その出会いを引き寄せるのです。
ですから、運命の人に出会うには、まず、自分という人間をどういうふうに磨いていくのか、どんな素敵な人にしていくのか、という生き方の方向性と、その日々の実践がないといけません。
女性にしても、男性にしても、自分という人間にふさわしい人をさがす前に、ふさわしさの基準となる素敵で魅力的な自分をつくり上げなくてはいけません。
前にも述べましたように、男と女は補い合う関係です。
ですから、今のあなたのレベルにふさわしい相手しかあなたのまわりには、集まりません。
その人たちを大切にしなくてはいけないことは当り前です。
そして、そのうえで、自分が本当にめざしているところ、自分がこんな人間になっていきたいというところに向かって、毎日、少しずつ、成長していかなくてはなりません。
そうしていると、必ず、あなたの運命の人が、目の前にあらわれてくるのです。
自分の成長なしに、運命のパートナーとは出会えないのです。
これからのボクの成長こそがポイントだ。
運命の人に出会えるために、まず自分づくり。
しかし着実に。
素敵なレディをめざそう。
あわてず、
最高の自分を引き出してくれる人
私の幼なじみの康弘はとてもモテる男だったと思います。
高校のラグビー部のスタンド・オフで活躍し、芸大の映像学科を卒業しました。
彼は容姿にもめぐまれ、女性にもとても優しかったのですが、おそらく、つき合って、愛した女性はただ一人、登記子さんだけだったのではないでしょうか。
女を口説くなんて、ほとんどできない男で、ラブレターさえも、私に「代筆してくれ」というくらいでした。
ところが、登記子さんとつき合ってからというもの、彼の本当のよさがどんどん引き出され始めました。
彼は映像カメラマンをめざしており、彼女が下着メーカー・ワコールの企画、販促の仕事をしていたこともあって、その美的感覚が共鳴し合い始めたようでした。
大学を卒業してプロとして仕事についてからも、彼の人生は、「彼女に喜んでもらうために、『いい仕事しているね』ってほめてもらいたくて、がんばってきた面が強かった」と私にいいました。
彼女も、いつも草花を愛し、四季の自然を彼とともに喜ぶ、という人でした。
お互いが、日に日にそして年を重ねるごとにお互いのよさを引き出し合う、という関係だったようです。
私が書く本についても、二人していろいろ真剣にアドバイスをしてくれました。
前に紹介した東京太郎もそうです。
綾子さんという人に出会えたから、本当の自分の心の声に素直になれました。
彼女も彼の才能を引き出すことによって、自分も、さらに教育者としての情熱を高められたのです。
私の先輩であるA氏は、二十五歳も年下の彼女に、その仕事ぶりを尊敬されて、何としても超一流のジャーナリストになるんだと毎日がんばっています。
どちらかというと仕事にあきっぽくて、長続きしない人なのですが、彼女とつき合い出してからの数年というもの、初めて、地に足がつき、その才能が発揮されてきました。
そしてもちろん、彼女も彼によい刺激を受け、自分の分野でよい仕事をするようになっている
のです。
私は、A氏は、人生五十数年生きて、やっと運命の人に出会えたんじゃないかと思っています。
初めて、心から、人間としても成長し、よい仕事をして結果を残したいと意欲するようになったからです。
A氏は先の康弘とちがって、目の前の女性はすぐ口説くというタイプでした。
もちろん、本気でつき合う気はありません。
一回でもエッチできればよかったのです。
しかし、彼女と出会って以来、その悪いクセはピタッととまっています。
やはり男も女も、この人という人がいるのです。
自分の最もよいところ、つまり最高の生き方を引き出してくれる人です。
これは男も女も、双方にいえることなのです。
ボクの眠れる才能(?)ずこの世にいるんだよ。
を引き出してくれる女の人が必
運命の人、ベストカップルは、それぞれのよいところを、どんどん引き出し合える。
それは、年を重ねるごとに。
だから、「あきる」という関係でないんだ。
ますます惹かれていくんだ。
リラックスできる関係、しかし、刺激がうれしい関係を教えてくれる人
私は、本当の愛、運命の恋愛の特徴はヒリヒリするような強い刺激をもたらすようなものではないと思っています。
強すぎる刺激は、すぐ慣れます。
さらに強い刺激を求めてエスカレートし、あっという問に終わりを迎えます。
私の若い友人Sは、いつも、そういうタイプの恋愛を求めました。
日本人離れしたかっこいい容姿で次々と派手な恋愛を経験していったのです。
そしてある時、誰もが目を見張るような美人M子と出会うとすぐに激しい恋に陥り、双方の両親の猛反対を押し切り、家出するように再婚しました。
すぐ子供を産みましたが、二年ともちませんでした。
もちろん、出会ってすぐのカップルは熱くなるものです。
胸がギュッとしめつけら
れて、しかも、それがうれしくてしかたない、という感じです。
そこから、さらに、本物の恋愛、お互いが成長し合えるような恋愛は、だんだんと、二人でいると何だかリラックスできる、そのリラックスも魂のリラックス、精神的リラックスのようなものを味わえるようになっていきます。
しかし、リラックスしても、二人の心はいつでも、ときめいていて、会えないと淋しいし、会うと心が高揚します。
このあたりの女の気持を作家の江國香織さんは、こう表現します。
「大好きな人の頭を抱きしめているとき、私の爪先は相手の爪先に届かない。
触りたいのに。
相手のくるぶしや、ふくらはぎに唇をつけたいのに、そのためには唇を今押し当てている相手の額から離さなければならない。
離したくないのに。
首に腕をまわして頬で頬を味わっているとき、私の手は彼の膝を愛撫することはできない。
愛撫したくてたまらないのに。
たとえば、大好きな人とセックスをしているというのに、ふだん私を魅了してやまないその人の人格や性質、論理的なところや心根のまっすぐさ、知性、レストランで料理を取り分けてくれるときの仕草の美しさ、思考の筋道、『大丈夫』と言ってくれるときの頼もしさ、などはどうでもよくなって、単純に、世界でたった一人の男と、
世界でたった一人の女が、独自の方法でくっついている、という感じになってしまう。
たとえば、あまりにも幸福で二人とも笑い出してしまう。
唇をつけては笑い、抱きしめては笑い、『どうしたんだろう』とか『ちょっとまって』とか言ってはまた笑い、苦しくなって身体を離すとたちまち淋しくなるのであわててまたくっついては笑いだす。
私の好きなのは、そういうのです」(江國香織・辻仁成『恋するために生まれた』幻冬舎)江國さんがいう「好き」という言葉に、尊敬してやまない彼からの十分な愛をもらっているという心の奥からのリラックスと、そんな彼がいとおしくてたまらないし、彼とのセックスはそんな自分の魂と心とカラダを喜ばすものであることが伝わってきます。
男と女が、それぞれが二人でいると心も魂もリラックスでき、同時に、うれしい刺激を与え合える関係になっているような人、こういう人が運命のパートナーとなっていけるのではないでしょうか。
そのためには、それぞれ自分の人生を高めていなくてはいけません。
その過程で、いい男といい女が出会い、さらにお互いを高め合っていく。
これが運命のパートナーであり、運命の恋愛というものでしょう。
いい男になるために、勉強に励み、体を鍛え、仕事に打ち込むぞ!人を深く愛せるようになるため、自分の心を磨いていくそ!
運命のパートナーとの出会い、運命の恋愛は、男と女のそれぞれの人間的成長がもたらしてくれるんだね。
私も、知的で美しくなっていきたい。
彼の心と魂を惹きつけ、そしてリラックスさせられるくらいになりたい。
生きていく力、生き抜く力を与えてくれる人
人生は、つらいことも多いのが現実です。
問題も次々と目の前にあらわれてきます。
いつも偉そうに書いている私ですが、これまでの人生において「どうして?」といいたくなるくらいに、トラブルや試練が目の前に立ちはだかってきました。
こうした時に、人生をあきらめずに、何とか前を向いて、これらの難しい困難に打ち克とうと意欲し、事実、なんとか生き抜いてこられたのはなぜだろうかと考えたりします。
いくつかの理由があるでしょう。
両親から受けついだものも大きかったかもしれません。
学校で学んだ基礎知識も力となってくれたでしょう。
それらに加え、私をギリギリのところでも、がんばる力を与えてくれ、明るく前向きでいこう、決してあきらめるものかと思わせてくれたものは、私が愛し、また私を愛してくれた人たちの存在です。
この世で生を享けてきて、私と運命的に出会った人がいてくれる以上、私は生き抜かなくてはならないのです。
もはや、私一人「どうでもいい」「どうなってもかまわない」というのは卑怯な人間のいう言葉です。
万が一倒れたとしても、再び立ち上がって、愛する人たちのために、さらに大きくならなくてはなりません。
今、日本は不況で仕事を取り巻く環境はとても厳しいものがあります。
自分一人、生き抜こうと力んでも、思わぬ状況が突然襲いかかってきます。
人もうらやむ大企業のエグゼクティブとして活躍し、愛する人たちにも恵まれた男が、いきなりの会社合併、吸収、倒産で、放り出されることがあります。
つらい何年かをすごさねばなりません。
しかし、自らを追い込み、自らを死に追いやるようなことは、許されないのです。
なぜなら運命のパートナーがいてくれるではないですか。
彼女も、彼を責めるようなことがあってはなりません。
男は、女の賞賛で初めて誇りを持つことができるのです。
「あなたはできる人、信じている」「どんなに大変でも大丈夫、私もついていく」
「きつといずれよくなるわ」「あなたがいてくれるとうれしい」などと、何気ない励ましが男を奮い立たせます。
こうして、つらい時期を経験し、生き抜いていくことで、男はさらにひとまわり成長できるのです。
そこに運命の人、愛する人、恋する人、好きな人が、自分を信じてくれていることを知り、本当の男(いい男)に磨きがかかっていくのです。
また、そういう生き抜く力という潜在的な力を持つ男と、男を成長させていけるような、人生を肯定的に明るく考えられ、男を信じる力のある女の運命の出会いは、この世の最大の宝物なのです。
ボクが教わった生き抜く力のつけ方
人生は一度しか経験できない大切なものであることを忘れない。
「あきらめた」という言葉は辞書にない。
ピンチこそ最大のチャンス
いい男にこそ困難は与えられる。
それを乗り越えてこそ真のいい男になれる。
愛する人、好きな人のことを決して忘れない。
いい男への贈る言葉「いつも私を大事にしてくれてありがとう。
私を愛してくれるあなた。
愛してくれるがゆえにがんばってくれるあなた。
あなたのその深い愛とほとばしる勇気が大好き。
どんな困難があらわれようと乗り越える力をふりしぼる精神の気高さを尊敬しています。
あなたと同じ時代に生まれ、出会えた運命に心から感謝しています。
いつも私は、あなたを信じています」
喜びを分かち合える人
運命の人、ベストパートナーなどというと、始めから、この世のどこかに一人だけいて、その人と出会ってピッタンコというイメージを抱いている人もいます。
しかし、現実には、これはほとんどありえないと思います。
もし、そうだとした時、あなたという人間が少しでも変わった時、その相手の人はどうなるのでしょうか。
あなたに完壁に合わせてくれるというのでしょうか。
ビジネス社会でよくいわれている法則の一つに、「人を喜ばせる人が儲けつづけられる」「人を幸せにする人が幸せになれる」というのがあります。
この世は、うまくできていて、自分以外の人に、どれだけ役立つ人間となれるかが、真の人生の成功者となっていけるというルールです。
私は、運命のパートナーと出会うこと、運命の恋愛を経験していく、育てていくこ
とも、まったく同じではないかと思うのです。
つまり愛を与えられる人、人に愛を与えて、その人が喜んでくれる姿を見ることに何よりも至福を感じるという人が本当の愛をもらえる人ではないのでしょうか。
私という人間のひたむきな生き方、愛を惜しみなく与える行為があってはじめて、運命の恋愛にも出会えるのではないでしょうか。
プロ.ミュージシャンをめざしているサキは、数ヵ月に一度、「すっこい、いい男見つけたよ。
きっと運命の人だよ」と興奮して電話してきます。
「そう、あわてず、じっくりつき合ってみたら」と私はいいます。
ある時はミュージシャン仲間。
ある時は、自称、話題のアントレ・プレナー、ある時は、外資系金融マン、相手はいろいろですが、終わり方はほとんど同じ。
「裏切られた」「他に女がいた」「体だけが目的だった」「ウソつきだった」となります。
相手は、きっと、出会った時も、別れる時も同じです。
変わったのは自分。
きっと、自分を助けてくれる王子様であると勝手に思い込みたくてしかたないのです。
一方的な愛を求めるだけの人には、こうした思い込みの愛がつづくだけです。
サキは、いい女になれる可能性十分です。
夢があるし、自分を成長させたい、自分を活かす人生を送りたいと願っているからです。
あとは、押しつけでない恋愛、自分の成長とともにある恋愛を待つことなのです。
恋愛は男と女が喜びを分かち合うためにあります。
人間として何が喜びなのかという価値感を共有し合うようになり、一つ一つ喜びを共有していくことによって、この人こそ、自分にとっての運命のパートナーであるということがわかるのです。
うれしくて、幸せで、ワクワクする恋愛は、自分自身が、それにふさわしい人になることで、やってくるものなのです。
だから、決してあせってはいけないものなのです。
運命の恋愛は、ってことだね。
どこかにポンとあるようなものではない臨だから、あせらず、から始めたい。
まず自分。
人をじっくり愛すること
神は、創造主は、そのために人間を男と女に分けたのでしょうから。
つまり、自分の人生にとって、この人と出会え、つき合えることから、自分の本当のよさが導かれ、生きがいも味わえるという出会いです。
ただ、"運命"といいますが、かなりの部分は、本人の努力も求められています。
生まれてから、今までの全ての生き方が、運命の人がどんな人であるかを決めているといえるからです。
ただ、口先で、「こんな彼っていないかしら」「お金持ちで、上品で、やさしくって、背が高くって、そんでもって私を一番大事にしてくれる人がいい」とか、いってみて
も、そういう彼にふさわしいあなたであるかが問題なのです。
「運命の人」というのは、います。
しかし、決して「偶然の出会い」ではないのです。
あなたの努力、彼や彼女の生き方が、その出会いを引き寄せるのです。
ですから、運命の人に出会うには、まず、自分という人間をどういうふうに磨いていくのか、どんな素敵な人にしていくのか、という生き方の方向性と、その日々の実践がないといけません。
女性にしても、男性にしても、自分という人間にふさわしい人をさがす前に、ふさわしさの基準となる素敵で魅力的な自分をつくり上げなくてはいけません。
前にも述べましたように、男と女は補い合う関係です。
ですから、今のあなたのレベルにふさわしい相手しかあなたのまわりには、集まりません。
その人たちを大切にしなくてはいけないことは当り前です。
そして、そのうえで、自分が本当にめざしているところ、自分がこんな人間になっていきたいというところに向かって、毎日、少しずつ、成長していかなくてはなりません。
そうしていると、必ず、あなたの運命の人が、目の前にあらわれてくるのです。
自分の成長なしに、運命のパートナーとは出会えないのです。
これからのボクの成長こそがポイントだ。
運命の人に出会えるために、まず自分づくり。
しかし着実に。
素敵なレディをめざそう。
あわてず、
最高の自分を引き出してくれる人
私の幼なじみの康弘はとてもモテる男だったと思います。
高校のラグビー部のスタンド・オフで活躍し、芸大の映像学科を卒業しました。
彼は容姿にもめぐまれ、女性にもとても優しかったのですが、おそらく、つき合って、愛した女性はただ一人、登記子さんだけだったのではないでしょうか。
女を口説くなんて、ほとんどできない男で、ラブレターさえも、私に「代筆してくれ」というくらいでした。
ところが、登記子さんとつき合ってからというもの、彼の本当のよさがどんどん引き出され始めました。
彼は映像カメラマンをめざしており、彼女が下着メーカー・ワコールの企画、販促の仕事をしていたこともあって、その美的感覚が共鳴し合い始めたようでした。
大学を卒業してプロとして仕事についてからも、彼の人生は、「彼女に喜んでもらうために、『いい仕事しているね』ってほめてもらいたくて、がんばってきた面が強かった」と私にいいました。
彼女も、いつも草花を愛し、四季の自然を彼とともに喜ぶ、という人でした。
お互いが、日に日にそして年を重ねるごとにお互いのよさを引き出し合う、という関係だったようです。
私が書く本についても、二人していろいろ真剣にアドバイスをしてくれました。
前に紹介した東京太郎もそうです。
綾子さんという人に出会えたから、本当の自分の心の声に素直になれました。
彼女も彼の才能を引き出すことによって、自分も、さらに教育者としての情熱を高められたのです。
私の先輩であるA氏は、二十五歳も年下の彼女に、その仕事ぶりを尊敬されて、何としても超一流のジャーナリストになるんだと毎日がんばっています。
どちらかというと仕事にあきっぽくて、長続きしない人なのですが、彼女とつき合い出してからの数年というもの、初めて、地に足がつき、その才能が発揮されてきました。
そしてもちろん、彼女も彼によい刺激を受け、自分の分野でよい仕事をするようになっている
のです。
私は、A氏は、人生五十数年生きて、やっと運命の人に出会えたんじゃないかと思っています。
初めて、心から、人間としても成長し、よい仕事をして結果を残したいと意欲するようになったからです。
A氏は先の康弘とちがって、目の前の女性はすぐ口説くというタイプでした。
もちろん、本気でつき合う気はありません。
一回でもエッチできればよかったのです。
しかし、彼女と出会って以来、その悪いクセはピタッととまっています。
やはり男も女も、この人という人がいるのです。
自分の最もよいところ、つまり最高の生き方を引き出してくれる人です。
これは男も女も、双方にいえることなのです。
ボクの眠れる才能(?)ずこの世にいるんだよ。
を引き出してくれる女の人が必
運命の人、ベストカップルは、それぞれのよいところを、どんどん引き出し合える。
それは、年を重ねるごとに。
だから、「あきる」という関係でないんだ。
ますます惹かれていくんだ。
リラックスできる関係、しかし、刺激がうれしい関係を教えてくれる人
私は、本当の愛、運命の恋愛の特徴はヒリヒリするような強い刺激をもたらすようなものではないと思っています。
強すぎる刺激は、すぐ慣れます。
さらに強い刺激を求めてエスカレートし、あっという問に終わりを迎えます。
私の若い友人Sは、いつも、そういうタイプの恋愛を求めました。
日本人離れしたかっこいい容姿で次々と派手な恋愛を経験していったのです。
そしてある時、誰もが目を見張るような美人M子と出会うとすぐに激しい恋に陥り、双方の両親の猛反対を押し切り、家出するように再婚しました。
すぐ子供を産みましたが、二年ともちませんでした。
もちろん、出会ってすぐのカップルは熱くなるものです。
胸がギュッとしめつけら
れて、しかも、それがうれしくてしかたない、という感じです。
そこから、さらに、本物の恋愛、お互いが成長し合えるような恋愛は、だんだんと、二人でいると何だかリラックスできる、そのリラックスも魂のリラックス、精神的リラックスのようなものを味わえるようになっていきます。
しかし、リラックスしても、二人の心はいつでも、ときめいていて、会えないと淋しいし、会うと心が高揚します。
このあたりの女の気持を作家の江國香織さんは、こう表現します。
「大好きな人の頭を抱きしめているとき、私の爪先は相手の爪先に届かない。
触りたいのに。
相手のくるぶしや、ふくらはぎに唇をつけたいのに、そのためには唇を今押し当てている相手の額から離さなければならない。
離したくないのに。
首に腕をまわして頬で頬を味わっているとき、私の手は彼の膝を愛撫することはできない。
愛撫したくてたまらないのに。
たとえば、大好きな人とセックスをしているというのに、ふだん私を魅了してやまないその人の人格や性質、論理的なところや心根のまっすぐさ、知性、レストランで料理を取り分けてくれるときの仕草の美しさ、思考の筋道、『大丈夫』と言ってくれるときの頼もしさ、などはどうでもよくなって、単純に、世界でたった一人の男と、
世界でたった一人の女が、独自の方法でくっついている、という感じになってしまう。
たとえば、あまりにも幸福で二人とも笑い出してしまう。
唇をつけては笑い、抱きしめては笑い、『どうしたんだろう』とか『ちょっとまって』とか言ってはまた笑い、苦しくなって身体を離すとたちまち淋しくなるのであわててまたくっついては笑いだす。
私の好きなのは、そういうのです」(江國香織・辻仁成『恋するために生まれた』幻冬舎)江國さんがいう「好き」という言葉に、尊敬してやまない彼からの十分な愛をもらっているという心の奥からのリラックスと、そんな彼がいとおしくてたまらないし、彼とのセックスはそんな自分の魂と心とカラダを喜ばすものであることが伝わってきます。
男と女が、それぞれが二人でいると心も魂もリラックスでき、同時に、うれしい刺激を与え合える関係になっているような人、こういう人が運命のパートナーとなっていけるのではないでしょうか。
そのためには、それぞれ自分の人生を高めていなくてはいけません。
その過程で、いい男といい女が出会い、さらにお互いを高め合っていく。
これが運命のパートナーであり、運命の恋愛というものでしょう。
いい男になるために、勉強に励み、体を鍛え、仕事に打ち込むぞ!人を深く愛せるようになるため、自分の心を磨いていくそ!
運命のパートナーとの出会い、運命の恋愛は、男と女のそれぞれの人間的成長がもたらしてくれるんだね。
私も、知的で美しくなっていきたい。
彼の心と魂を惹きつけ、そしてリラックスさせられるくらいになりたい。
生きていく力、生き抜く力を与えてくれる人
人生は、つらいことも多いのが現実です。
問題も次々と目の前にあらわれてきます。
いつも偉そうに書いている私ですが、これまでの人生において「どうして?」といいたくなるくらいに、トラブルや試練が目の前に立ちはだかってきました。
こうした時に、人生をあきらめずに、何とか前を向いて、これらの難しい困難に打ち克とうと意欲し、事実、なんとか生き抜いてこられたのはなぜだろうかと考えたりします。
いくつかの理由があるでしょう。
両親から受けついだものも大きかったかもしれません。
学校で学んだ基礎知識も力となってくれたでしょう。
それらに加え、私をギリギリのところでも、がんばる力を与えてくれ、明るく前向きでいこう、決してあきらめるものかと思わせてくれたものは、私が愛し、また私を愛してくれた人たちの存在です。
この世で生を享けてきて、私と運命的に出会った人がいてくれる以上、私は生き抜かなくてはならないのです。
もはや、私一人「どうでもいい」「どうなってもかまわない」というのは卑怯な人間のいう言葉です。
万が一倒れたとしても、再び立ち上がって、愛する人たちのために、さらに大きくならなくてはなりません。
今、日本は不況で仕事を取り巻く環境はとても厳しいものがあります。
自分一人、生き抜こうと力んでも、思わぬ状況が突然襲いかかってきます。
人もうらやむ大企業のエグゼクティブとして活躍し、愛する人たちにも恵まれた男が、いきなりの会社合併、吸収、倒産で、放り出されることがあります。
つらい何年かをすごさねばなりません。
しかし、自らを追い込み、自らを死に追いやるようなことは、許されないのです。
なぜなら運命のパートナーがいてくれるではないですか。
彼女も、彼を責めるようなことがあってはなりません。
男は、女の賞賛で初めて誇りを持つことができるのです。
「あなたはできる人、信じている」「どんなに大変でも大丈夫、私もついていく」
「きつといずれよくなるわ」「あなたがいてくれるとうれしい」などと、何気ない励ましが男を奮い立たせます。
こうして、つらい時期を経験し、生き抜いていくことで、男はさらにひとまわり成長できるのです。
そこに運命の人、愛する人、恋する人、好きな人が、自分を信じてくれていることを知り、本当の男(いい男)に磨きがかかっていくのです。
また、そういう生き抜く力という潜在的な力を持つ男と、男を成長させていけるような、人生を肯定的に明るく考えられ、男を信じる力のある女の運命の出会いは、この世の最大の宝物なのです。
ボクが教わった生き抜く力のつけ方
人生は一度しか経験できない大切なものであることを忘れない。
「あきらめた」という言葉は辞書にない。
ピンチこそ最大のチャンス
いい男にこそ困難は与えられる。
それを乗り越えてこそ真のいい男になれる。
愛する人、好きな人のことを決して忘れない。
いい男への贈る言葉「いつも私を大事にしてくれてありがとう。
私を愛してくれるあなた。
愛してくれるがゆえにがんばってくれるあなた。
あなたのその深い愛とほとばしる勇気が大好き。
どんな困難があらわれようと乗り越える力をふりしぼる精神の気高さを尊敬しています。
あなたと同じ時代に生まれ、出会えた運命に心から感謝しています。
いつも私は、あなたを信じています」
喜びを分かち合える人
運命の人、ベストパートナーなどというと、始めから、この世のどこかに一人だけいて、その人と出会ってピッタンコというイメージを抱いている人もいます。
しかし、現実には、これはほとんどありえないと思います。
もし、そうだとした時、あなたという人間が少しでも変わった時、その相手の人はどうなるのでしょうか。
あなたに完壁に合わせてくれるというのでしょうか。
ビジネス社会でよくいわれている法則の一つに、「人を喜ばせる人が儲けつづけられる」「人を幸せにする人が幸せになれる」というのがあります。
この世は、うまくできていて、自分以外の人に、どれだけ役立つ人間となれるかが、真の人生の成功者となっていけるというルールです。
私は、運命のパートナーと出会うこと、運命の恋愛を経験していく、育てていくこ
とも、まったく同じではないかと思うのです。
つまり愛を与えられる人、人に愛を与えて、その人が喜んでくれる姿を見ることに何よりも至福を感じるという人が本当の愛をもらえる人ではないのでしょうか。
私という人間のひたむきな生き方、愛を惜しみなく与える行為があってはじめて、運命の恋愛にも出会えるのではないでしょうか。
プロ.ミュージシャンをめざしているサキは、数ヵ月に一度、「すっこい、いい男見つけたよ。
きっと運命の人だよ」と興奮して電話してきます。
「そう、あわてず、じっくりつき合ってみたら」と私はいいます。
ある時はミュージシャン仲間。
ある時は、自称、話題のアントレ・プレナー、ある時は、外資系金融マン、相手はいろいろですが、終わり方はほとんど同じ。
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相手は、きっと、出会った時も、別れる時も同じです。
変わったのは自分。
きっと、自分を助けてくれる王子様であると勝手に思い込みたくてしかたないのです。
一方的な愛を求めるだけの人には、こうした思い込みの愛がつづくだけです。
サキは、いい女になれる可能性十分です。
夢があるし、自分を成長させたい、自分を活かす人生を送りたいと願っているからです。
あとは、押しつけでない恋愛、自分の成長とともにある恋愛を待つことなのです。
恋愛は男と女が喜びを分かち合うためにあります。
人間として何が喜びなのかという価値感を共有し合うようになり、一つ一つ喜びを共有していくことによって、この人こそ、自分にとっての運命のパートナーであるということがわかるのです。
うれしくて、幸せで、ワクワクする恋愛は、自分自身が、それにふさわしい人になることで、やってくるものなのです。
だから、決してあせってはいけないものなのです。
運命の恋愛は、ってことだね。
どこかにポンとあるようなものではない臨だから、あせらず、から始めたい。
まず自分。
人をじっくり愛すること

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