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エグゼクティブの恋愛

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運命のパートナーとめぐり合いたい人間が男と女に分かれている以上、必ず、自分にとっての運命のパートナーというのはいるはずです。

神は、創造主は、そのために人間を男と女に分けたのでしょうから。

つまり、自分の人生にとって、この人と出会え、つき合えることから、自分の本当のよさが導かれ、生きがいも味わえるという出会いです。

ただ、"運命"といいますが、かなりの部分は、本人の努力も求められています。

生まれてから、今までの全ての生き方が、運命の人がどんな人であるかを決めているといえるからです。

ただ、口先で、「こんな彼っていないかしら」「お金持ちで、上品で、やさしくって、背が高くって、そんでもって私を一番大事にしてくれる人がいい」とか、いってみて
も、そういう彼にふさわしいあなたであるかが問題なのです。

「運命の人」というのは、います。

しかし、決して「偶然の出会い」ではないのです。

あなたの努力、彼や彼女の生き方が、その出会いを引き寄せるのです。

ですから、運命の人に出会うには、まず、自分という人間をどういうふうに磨いていくのか、どんな素敵な人にしていくのか、という生き方の方向性と、その日々の実践がないといけません。

女性にしても、男性にしても、自分という人間にふさわしい人をさがす前に、ふさわしさの基準となる素敵で魅力的な自分をつくり上げなくてはいけません。

前にも述べましたように、男と女は補い合う関係です。

ですから、今のあなたのレベルにふさわしい相手しかあなたのまわりには、集まりません。

その人たちを大切にしなくてはいけないことは当り前です。

そして、そのうえで、自分が本当にめざしているところ、自分がこんな人間になっていきたいというところに向かって、毎日、少しずつ、成長していかなくてはなりません。

そうしていると、必ず、あなたの運命の人が、目の前にあらわれてくるのです。


自分の成長なしに、運命のパートナーとは出会えないのです。


これからのボクの成長こそがポイントだ。

運命の人に出会えるために、まず自分づくり。

しかし着実に。

素敵なレディをめざそう。

あわてず、
最高の自分を引き出してくれる人
私の幼なじみの康弘はとてもモテる男だったと思います。

高校のラグビー部のスタンド・オフで活躍し、芸大の映像学科を卒業しました。

彼は容姿にもめぐまれ、女性にもとても優しかったのですが、おそらく、つき合って、愛した女性はただ一人、登記子さんだけだったのではないでしょうか。

女を口説くなんて、ほとんどできない男で、ラブレターさえも、私に「代筆してくれ」というくらいでした。

ところが、登記子さんとつき合ってからというもの、彼の本当のよさがどんどん引き出され始めました。

彼は映像カメラマンをめざしており、彼女が下着メーカー・ワコールの企画、販促の仕事をしていたこともあって、その美的感覚が共鳴し合い始めたようでした。


大学を卒業してプロとして仕事についてからも、彼の人生は、「彼女に喜んでもらうために、『いい仕事しているね』ってほめてもらいたくて、がんばってきた面が強かった」と私にいいました。

彼女も、いつも草花を愛し、四季の自然を彼とともに喜ぶ、という人でした。

お互いが、日に日にそして年を重ねるごとにお互いのよさを引き出し合う、という関係だったようです。

私が書く本についても、二人していろいろ真剣にアドバイスをしてくれました。

前に紹介した東京太郎もそうです。

綾子さんという人に出会えたから、本当の自分の心の声に素直になれました。

彼女も彼の才能を引き出すことによって、自分も、さらに教育者としての情熱を高められたのです。

私の先輩であるA氏は、二十五歳も年下の彼女に、その仕事ぶりを尊敬されて、何としても超一流のジャーナリストになるんだと毎日がんばっています。

どちらかというと仕事にあきっぽくて、長続きしない人なのですが、彼女とつき合い出してからの数年というもの、初めて、地に足がつき、その才能が発揮されてきました。

そしてもちろん、彼女も彼によい刺激を受け、自分の分野でよい仕事をするようになっている

のです。

私は、A氏は、人生五十数年生きて、やっと運命の人に出会えたんじゃないかと思っています。

初めて、心から、人間としても成長し、よい仕事をして結果を残したいと意欲するようになったからです。

A氏は先の康弘とちがって、目の前の女性はすぐ口説くというタイプでした。

もちろん、本気でつき合う気はありません。

一回でもエッチできればよかったのです。

しかし、彼女と出会って以来、その悪いクセはピタッととまっています。

やはり男も女も、この人という人がいるのです。

自分の最もよいところ、つまり最高の生き方を引き出してくれる人です。

これは男も女も、双方にいえることなのです。


ボクの眠れる才能(?)ずこの世にいるんだよ。

を引き出してくれる女の人が必
運命の人、ベストカップルは、それぞれのよいところを、どんどん引き出し合える。

それは、年を重ねるごとに。

だから、「あきる」という関係でないんだ。

ますます惹かれていくんだ。


リラックスできる関係、しかし、刺激がうれしい関係を教えてくれる人
私は、本当の愛、運命の恋愛の特徴はヒリヒリするような強い刺激をもたらすようなものではないと思っています。

強すぎる刺激は、すぐ慣れます。

さらに強い刺激を求めてエスカレートし、あっという問に終わりを迎えます。

私の若い友人Sは、いつも、そういうタイプの恋愛を求めました。

日本人離れしたかっこいい容姿で次々と派手な恋愛を経験していったのです。

そしてある時、誰もが目を見張るような美人M子と出会うとすぐに激しい恋に陥り、双方の両親の猛反対を押し切り、家出するように再婚しました。

すぐ子供を産みましたが、二年ともちませんでした。

もちろん、出会ってすぐのカップルは熱くなるものです。

胸がギュッとしめつけら
れて、しかも、それがうれしくてしかたない、という感じです。

そこから、さらに、本物の恋愛、お互いが成長し合えるような恋愛は、だんだんと、二人でいると何だかリラックスできる、そのリラックスも魂のリラックス、精神的リラックスのようなものを味わえるようになっていきます。

しかし、リラックスしても、二人の心はいつでも、ときめいていて、会えないと淋しいし、会うと心が高揚します。

このあたりの女の気持を作家の江國香織さんは、こう表現します。

「大好きな人の頭を抱きしめているとき、私の爪先は相手の爪先に届かない。

触りたいのに。

相手のくるぶしや、ふくらはぎに唇をつけたいのに、そのためには唇を今押し当てている相手の額から離さなければならない。

離したくないのに。

首に腕をまわして頬で頬を味わっているとき、私の手は彼の膝を愛撫することはできない。

愛撫したくてたまらないのに。

たとえば、大好きな人とセックスをしているというのに、ふだん私を魅了してやまないその人の人格や性質、論理的なところや心根のまっすぐさ、知性、レストランで料理を取り分けてくれるときの仕草の美しさ、思考の筋道、『大丈夫』と言ってくれるときの頼もしさ、などはどうでもよくなって、単純に、世界でたった一人の男と、

世界でたった一人の女が、独自の方法でくっついている、という感じになってしまう。

たとえば、あまりにも幸福で二人とも笑い出してしまう。

唇をつけては笑い、抱きしめては笑い、『どうしたんだろう』とか『ちょっとまって』とか言ってはまた笑い、苦しくなって身体を離すとたちまち淋しくなるのであわててまたくっついては笑いだす。

私の好きなのは、そういうのです」(江國香織・辻仁成『恋するために生まれた』幻冬舎)江國さんがいう「好き」という言葉に、尊敬してやまない彼からの十分な愛をもらっているという心の奥からのリラックスと、そんな彼がいとおしくてたまらないし、彼とのセックスはそんな自分の魂と心とカラダを喜ばすものであることが伝わってきます。

男と女が、それぞれが二人でいると心も魂もリラックスでき、同時に、うれしい刺激を与え合える関係になっているような人、こういう人が運命のパートナーとなっていけるのではないでしょうか。

そのためには、それぞれ自分の人生を高めていなくてはいけません。

その過程で、いい男といい女が出会い、さらにお互いを高め合っていく。

これが運命のパートナーであり、運命の恋愛というものでしょう。


いい男になるために、勉強に励み、体を鍛え、仕事に打ち込むぞ!人を深く愛せるようになるため、自分の心を磨いていくそ!
運命のパートナーとの出会い、運命の恋愛は、男と女のそれぞれの人間的成長がもたらしてくれるんだね。

私も、知的で美しくなっていきたい。

彼の心と魂を惹きつけ、そしてリラックスさせられるくらいになりたい。


生きていく力、生き抜く力を与えてくれる人
人生は、つらいことも多いのが現実です。

問題も次々と目の前にあらわれてきます。

いつも偉そうに書いている私ですが、これまでの人生において「どうして?」といいたくなるくらいに、トラブルや試練が目の前に立ちはだかってきました。

こうした時に、人生をあきらめずに、何とか前を向いて、これらの難しい困難に打ち克とうと意欲し、事実、なんとか生き抜いてこられたのはなぜだろうかと考えたりします。

いくつかの理由があるでしょう。

両親から受けついだものも大きかったかもしれません。

学校で学んだ基礎知識も力となってくれたでしょう。


それらに加え、私をギリギリのところでも、がんばる力を与えてくれ、明るく前向きでいこう、決してあきらめるものかと思わせてくれたものは、私が愛し、また私を愛してくれた人たちの存在です。

この世で生を享けてきて、私と運命的に出会った人がいてくれる以上、私は生き抜かなくてはならないのです。

もはや、私一人「どうでもいい」「どうなってもかまわない」というのは卑怯な人間のいう言葉です。

万が一倒れたとしても、再び立ち上がって、愛する人たちのために、さらに大きくならなくてはなりません。

今、日本は不況で仕事を取り巻く環境はとても厳しいものがあります。

自分一人、生き抜こうと力んでも、思わぬ状況が突然襲いかかってきます。

人もうらやむ大企業のエグゼクティブとして活躍し、愛する人たちにも恵まれた男が、いきなりの会社合併、吸収、倒産で、放り出されることがあります。

つらい何年かをすごさねばなりません。

しかし、自らを追い込み、自らを死に追いやるようなことは、許されないのです。

なぜなら運命のパートナーがいてくれるではないですか。

彼女も、彼を責めるようなことがあってはなりません。

男は、女の賞賛で初めて誇りを持つことができるのです。

「あなたはできる人、信じている」「どんなに大変でも大丈夫、私もついていく」

「きつといずれよくなるわ」「あなたがいてくれるとうれしい」などと、何気ない励ましが男を奮い立たせます。

こうして、つらい時期を経験し、生き抜いていくことで、男はさらにひとまわり成長できるのです。

そこに運命の人、愛する人、恋する人、好きな人が、自分を信じてくれていることを知り、本当の男(いい男)に磨きがかかっていくのです。

また、そういう生き抜く力という潜在的な力を持つ男と、男を成長させていけるような、人生を肯定的に明るく考えられ、男を信じる力のある女の運命の出会いは、この世の最大の宝物なのです。


ボクが教わった生き抜く力のつけ方
人生は一度しか経験できない大切なものであることを忘れない。


「あきらめた」という言葉は辞書にない。


ピンチこそ最大のチャンス
いい男にこそ困難は与えられる。

それを乗り越えてこそ真のいい男になれる。


愛する人、好きな人のことを決して忘れない。


いい男への贈る言葉「いつも私を大事にしてくれてありがとう。

私を愛してくれるあなた。

愛してくれるがゆえにがんばってくれるあなた。

あなたのその深い愛とほとばしる勇気が大好き。

どんな困難があらわれようと乗り越える力をふりしぼる精神の気高さを尊敬しています。

あなたと同じ時代に生まれ、出会えた運命に心から感謝しています。

いつも私は、あなたを信じています」
喜びを分かち合える人
運命の人、ベストパートナーなどというと、始めから、この世のどこかに一人だけいて、その人と出会ってピッタンコというイメージを抱いている人もいます。

しかし、現実には、これはほとんどありえないと思います。

もし、そうだとした時、あなたという人間が少しでも変わった時、その相手の人はどうなるのでしょうか。

あなたに完壁に合わせてくれるというのでしょうか。

ビジネス社会でよくいわれている法則の一つに、「人を喜ばせる人が儲けつづけられる」「人を幸せにする人が幸せになれる」というのがあります。

この世は、うまくできていて、自分以外の人に、どれだけ役立つ人間となれるかが、真の人生の成功者となっていけるというルールです。

私は、運命のパートナーと出会うこと、運命の恋愛を経験していく、育てていくこ
とも、まったく同じではないかと思うのです。

つまり愛を与えられる人、人に愛を与えて、その人が喜んでくれる姿を見ることに何よりも至福を感じるという人が本当の愛をもらえる人ではないのでしょうか。

私という人間のひたむきな生き方、愛を惜しみなく与える行為があってはじめて、運命の恋愛にも出会えるのではないでしょうか。

プロ.ミュージシャンをめざしているサキは、数ヵ月に一度、「すっこい、いい男見つけたよ。

きっと運命の人だよ」と興奮して電話してきます。

「そう、あわてず、じっくりつき合ってみたら」と私はいいます。

ある時はミュージシャン仲間。

ある時は、自称、話題のアントレ・プレナー、ある時は、外資系金融マン、相手はいろいろですが、終わり方はほとんど同じ。

「裏切られた」「他に女がいた」「体だけが目的だった」「ウソつきだった」となります。

相手は、きっと、出会った時も、別れる時も同じです。

変わったのは自分。

きっと、自分を助けてくれる王子様であると勝手に思い込みたくてしかたないのです。

一方的な愛を求めるだけの人には、こうした思い込みの愛がつづくだけです。

サキは、いい女になれる可能性十分です。

夢があるし、自分を成長させたい、自分を活かす人生を送りたいと願っているからです。

あとは、押しつけでない恋愛、自分の成長とともにある恋愛を待つことなのです。

恋愛は男と女が喜びを分かち合うためにあります。

人間として何が喜びなのかという価値感を共有し合うようになり、一つ一つ喜びを共有していくことによって、この人こそ、自分にとっての運命のパートナーであるということがわかるのです。

うれしくて、幸せで、ワクワクする恋愛は、自分自身が、それにふさわしい人になることで、やってくるものなのです。

だから、決してあせってはいけないものなのです。

運命の恋愛は、ってことだね。

どこかにポンとあるようなものではない臨だから、あせらず、から始めたい。

まず自分。

人をじっくり愛すること

いい男の条件

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男というものは、やっかいな生き物であることを、私は、これまでいろんな男を見てきて、わかってきました。

男ほど、つき合う女で変わるものはないでしょう。

また、女のしあわせも、どれだけよい方向に変われる男とつき合うか、または、再婚するかでかなり大きく左右されます。

はっきりいって、男というのは、そもそもチャンスさえあれば、目の前の女とセックスしてみたいと思うものです。

別に、その女の人が好きだというわけでなくても、自分の都合で(欲望で)、セックスしたがります。

ただし、これには、個人差があります。

テストステロンという男性ホルモンの量によってかなりちがってくるようです。

このホルモンの量が多ければ多いほど、こうした目の前の女とはだれとでもやりたく
なるという傾向は強いのです。

頭がハゲている人(ハゲていく人)、睾丸の大きい人などは、このホルモンの量が多いといわれています。

私の先輩で、今は某大学の法学部長をやっている人がいますが、彼は大学生のころから髪が半分近くなくなるほどの、テストステロンの量が多い人でした。

ちゃんと彼女がいるのにもかかわらず、エッチをやらせてくれそうな女がいると、すぐロ説く、そしてセックスするという習性がありました。

私は他にも、こういう男をたくさん知っています。

ずいぶんと彼に面と向かって非難しましたが、私のテストステロンと彼のそれの量が大きくちがうのはわかりませんでした。

彼も性欲は自分で抑えられないくらいだといっていました。

私はそのときはよく理解できなかったものです。

今は、とても立派な紳士として、学問にも、生徒指導にも、その精力を傾けています。

どうしてこんなに変われるのか不思議なくらいです。

多かれ少なかれ、男の本性は、本来、チャンスがあれば、特に自分好みの女が目の前にいれば口説き、セックスしたがります。

そして、一回のセックスでもう満足してしまうのです。

よく昔からプレイボーイを自称している男が「一度やった女とはやらない」なんて、かっこうつけたりするのですが、要するに、相手はだれでもいいわけ

です。

東京太郎の例でもありましたように、男は、こうしてたくさんの女の人とセックスしても、本人は、大して影響を受けません。

さっさと立ち直ったり、生き直したり、変わったりできるものです(人生の貴重な勉強をした、肥やしになったなどと都合よく考えます)。

ところが、反対に、困ったことに、女性というのはそうはいかないのです。

女というのは、本来的に、愛され、大事にされないとセックスしないようにできているのです。

だから、数多くの男とセックスをしてしまう女の人は、ちょっとあわれです。

心や体、特に魂はなかなか立ち直れなくなるのです。

こういう人は女性の中では、割合は少ないのですが、ということは、一定の女性がかなりの多数の男性を相手にしているということになります。

結論として、男の口説きを、単なるセックス目的なのか、本気なのか、本当に自分のことを心から好きなのかを見抜くことです。

不安な時は、体を求められても拒否しなくてはいけません。

本当にあなたのことが好きな男は、拒否されても必ず、あなたのところに戻ってきます。

もっと心からつき合いたいといってきます。


男というのは、そういうものなのです。


男は十代二十代の前半は、特に、とにかく、セックスしたいという気持が強い。

たぶん、ホルモンの量のせいだろうね。

そういえば、風俗産業も男性のものばかりだよ。

女は二十代後半からが、性欲が強くなるものなんだ。

しかし、私を心から愛してくれる男じゃないと、セックスもつまらないし、心も魂もどこか傷つくね。

女はしっかりと生きねば。


好かれる男の条件~成長する意欲
女が再婚したい男の条件としてあげているのが第一に、やはり、人柄ですが、第二が経済力、第三が職業、だそうです(前出、「出生動向基準調査」)。

つまり、女は、男の人がいかに生活力があるか、頼りがいがあるかを見ているということになります。

理想をひと言でいってしまうと、「優しくて、頼りがいがある人」ということになります。

しかし、経済力、職業といったところで、若いころは、未知なところが多いといえます。

親が大金持ちで、その子息という人もいるでしょうが、相続税がべらぼうに高い日本では、そういう例は、かなり少ないと考えてもよいでしょう。

やはり、自らの力、それも、未来に向かっての可能性を、いかにわかってもらえるかです。

しかも、女性は、どこまでも自分を愛し、大事にしてもらいたいという生き
物です。

ですから、この面も、男としては、女性にアピールできるようにしなくてはいけません。

まず、未来に向かって成長する男であることを示すにはどうしたらよいでしょうか。

一つは学歴の問題があります。

私のこれまでの経験ですが、学歴はほとんど決め手になりません。

これからの時代はますますそうなります。

だからといって、勉強なんかしなくてもよいというわけではないのです。

その時どきで自分がここで学びたいというものがあれば、その学校をめざしたり、入学したり、また、それを誇りにしてもよいでしょう。

しかし、現実の社会で役立つ人となるのか、その後の人生で、成長していけるかは、それぞれの人の生き方で全く違います。

高校あるいは中学しかでていなくても、すばらしい仕事をする人たちは、いくらでもいます。

「宮本武蔵」など日本で最も読まれた本を書いた吉川英治だって小学校しかでていないのです。

松下幸之助だってそうでした。

では、何が求められるのか。

それは、第一に、学ぶ意欲です。

つまり、自分を成長させていく、一流の仕事がで
きるようになりたいという意欲です。

吉本興業の副社長だった木村政雄氏は、吉本のタレントの中で、数多くの才能あふれるものがいたのに、明石家さんまや島田紳助、ダウンタウンが生き残れたのは、「売れるタレントになりたい、(売れるタレントで)いつづけたいという意欲の差でしかないと思う」と語っておられます。

自分の夢に向かって、それも、上級の夢、自分の仕事の成果で世の中に貢献したいという意欲の強い男こそが、本当に女に求められる男なのです。

その他に好かれる男の条件については次項で検討します。

ウーン。

女は男のステータスに弱いのか。

そういう面も確かにあるね。

しかし、それよりも、いい女は、いい男を好きになるよ。

いい男の条件とは...。

いい男の条件~女を幸せにする男男の本領は仕事で発揮されます。

男の評価もまず仕事ができるかどうかです。

これは人類が始まって以来の掟のようなものです。

ですから、女が男を見るに、「経済力と職業」がまず大事というのは当り前のことといえるでしょう。

人類はそもそも女中心につくられていると私は思います。

なぜなら、子供を産み育てたり、家やコミュニティを守るのは女だからです。

そのために女は慎重だし、軽率なところも少ないし、男をきちんと選ぶし、健康で長生きです。

しかも肌は美しく、いつまでも生き生きとしています。

男は、その女を喜ばせ、そのコミュニティに役立つ仕事をするのが役割です。

昔は、食料を調達し、外敵と戦い、戦争にも勇んで出かけ命を賭けたのです。

今は、仕事を通じて家族の食料、生活の糧を得、そして社会貢献するのです。

女も仕事をするよう
になり、社会に出るようになっても、この男の使命は変わるものではありません。

したがって女にモテる、本当のよい女に好かれる本当のいい男というのは次のような特色があります。

仕事に夢と希望を持っている。

仕事を自分の利益、得のためだけでない視点で語れる。

その時、その時に、自分の具体的目標を持っている。

仕事や人生に気概を持って取り組んでいる。

誇りとプライドを決して失わない。

よい仕事をするために、自分を成長させるために人の意見や考え方を素直に聞き、よいところを取り入れられる。


チームワークにも気をつかえる。

組織の方向性にベクトルを合わせられ、自分の役割をきちんとこなせる。

心意気があり、まちがったことをする人には、毅然と指摘できる。

お金ばかりに固執しない。

報酬以上の仕事をする。

ケチではない。

女性に優しい。

決してだれでもロ説くだけのタイプではない。

可愛げがある。

つき合うと心があたたかくなる。

以上のような傾向がある男は、必ずいい女と出会えるはずです。

女性としても、こういうタイプの真のいい男を見つけること、そしてつき合えるようになることが「幸せ」になる条件です。


ボクなりにまとめるとこういうことかな。

①プライドを決して失わない。

②ケチではない。

③心意気。

④思いやりと優しさ⑤仕事への情熱。

(特に女性や子供に)。

私がまとめると次のようになるね。

①夢と目標を持っている。

成長する意欲がある。

②気概がある。

志がある(特に社会貢献)。

③気くばりができる。

④人の意見、アドバイスを取り入れられる。

⑤可愛げがある。

男を虜にするひとつ目のルールそれは「相手に存在感を与える」ことです。

話し相手に、これまで会ったことのないほど特別な人だという印象を与える。

つまり、お世辞を言う、それも、これでもカとしうほどに男性は女性と違って、おだてられるとすぐその気になります。
こういう女はよい男が近づかない男が再婚相手として女を選ぶときの基準は、アンケートによると、人柄と容姿を重視しているといいます(一九九七年の国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基準調査」)。

男は、何歳になっても、若くて美しい女の人が好きであるともいわれています。

ただ、容姿がいい、美しいといっても、その明確な基準があるわけではありません。

十代のころ、恋愛も、女のこともよくわかっていないときは、いっしょに歩いていて、友人たちから、「すげえ、あんな美人とできてやがる」とか「可愛い彼女がいてうらやましい」といわれることを目標にがんばる男も多いようです。

しかし、人生の大事なことを一つひとつ学んでいきますと、自分がつき合いたい女の容姿の基準は変わっていきます。

ただ、いえることは、人間的な成長があまりでき
ていない男、意味もなくつっぱった生き方をずっとつづけている男、お金とか見栄とかだけで生きていて、人生の本当の価値がわからない男は、いつまでも、十代の時のような基準にこだわります。

胸が大きい人、色気ムンムンの人、キンキラの人、派手な人にやたら近づき口説きます。

男の本当の価値は、人(特に愛する女)に役立つために生きよう、体を張ろう、さらには社会に貢献するよい仕事をしようというところにあります。

こういう男は、何をおいても、人柄を重視します。

もちろん美しくて可愛い人も好きですが、それは女としてのよさを表している美しさ、可愛さです。

自分だけちやほやされたいと思う女、男という男を自分の女の魅力で悩殺しようというタイプの美しさに近づく男は、「ちょっとだけの問の遊び」という輩だけです。

こういう女は不幸になる確率が高いのです。

かわいそうな死に方をしたマリリン・モンローもそのような結末を呼び込む見本でした。

恋人と思っていたジョン・F・ケネディ大統領にとっては、ちょっとした"遊び"だったのです。

男は、自分の小さなプライドを守らないと、前向きに生きていくことができません。

だから、自分の都合を前向きにばかり出す女というのは、男から見ると、ちっとも可
愛くありません。

女の美しさも、可愛さも、男の勇気や誇りを鼓舞するためであってほしいのです。

そういう意味で次のような女は、男が本能的につき合いたくない、つき合ってもすぐ逃げていく人ということになるのです。


電車の中で平気で化粧をする。


電車の中で平気で股を開いている。


男の前で別の男をほめる。


人前で男に恥をかかすように叱ったりする。


男の前で、恥じらいがない。

恥ずかしさを知らない。


日本語の語彙が少なすぎる。


あいさつができない。


「うれしい」「楽しい」「素敵」「すばらしい」などの幸せな言葉があまり出てこない。


染めた髪の毛の色がまばらで、手入れができていない。


世の中の動きにまったく関心がない。



よい男と出会う期待よりも、数多くの男に声をかけてもらいたい。


いつもお金のことを気にしている。


本への関心、芸術(映画・音楽など)への関心がない。


心から感動しない。

などです。

男というのは、単純な生き物です。

誇りを持って、自分を認めてくれる女のためには、体を張って、勇気をふりしぼって前へ行くものです。

この一点ができるかどうか、これに反する、前述のような女の性格・態度・行動は、よい男を寄せつけなくなることを確認しておきましょう。


男は、いつの時代も賢くて可愛くて、感じる心あふれる女に惹かれるもの。

容姿を重視するといっても、内面がともなわない女の人に本当の美しさは感じられないもの。

内面を磨き、男を素直にほめられる人って、いつまでも可愛く見える。


女からみても、見た目だけがいい女はつまんないね。

やっぱりいい男とつき合い、その男をさらに輝かせ伸ばしていかせられる女は、色気ムンムン、キンキラだけの人じゃないね。

色気は大切だけど、それに品性と知性を身につけたいと努力している人がいいね。


どういう男を選ぶか、つき合うか
私の友人に東京太郎という男がいます。

今は、地元の小学校で若くして教頭先生となり、土曜日や休日には近所の子どもたちのために、本の"読み聞かせ"をやったりしています。

子どもたちにも、地域の人たちにも頼れる男と見られています。

「スーパーマン先生」と呼ばれているようです。

しかし、彼は、今の奥さんと二十八歳で出会うまでは、全くちがった人生を送っていました。

高校時代は、当時だれもやっていなかった"茶髪"で、学校も休みがちでした。

大学も一年の途中で退学となり、私の下宿にころがり込んだり、歌舞伎町でバイトしたりしてブラブラしていました。

女を次から次に変えつつ、人生を呪っていました。

私と大ゲンカした後、福岡でトビ職で働いたりしてはいましたが、お酒ばかり飲んでほとんどアル中でした。

しかし、女には不思議とモテていました。

「どうしてそんなにモテるんだ」と私が尋ねると、「悲しくて、つらい顔をすればするほど、やっぱりそういう女が近づいてくるさ」というのです。

彼も彼女も、本気で相手のことを好きではなかったのです。

ただ、傷をなめ合う関係だったのです。

しかし、私は、必ず東京太郎は、よい男に生まれ変われると信じていました。

だから、私も真剣に彼とつき合いつづけました。

私は、そのころ女の人を一人も知らなかったかもしれませんが、「よい男」「よい女」というのは必ずいると信じ、私はよい男として成長するし、よい女とつき合うんだと決めていました。

東京太郎は、二十代後半になって思うところあって教師をめざしました。

そして彼は通信制の大学の夏季スクーリングで綾子さんという女性と出会ってからまさに劇的に変わったのです。

そこで、自分のこれまでの投げやりな人生を心の底から恥じたのです。

彼女は、名古屋で障害児たちのための教育に人生ごとぶつかっていました。

どんな人も本来すばらしい人生を生きていくようにできているはずだということを信じていたのです。

彼は、それまで、自分のなぐさめと欲望のためだけの恋愛とセックス人生だったのが、人のために、世の中のために自分を役立てる生き方のすばらしさを知ったのです。

これこそ男の価値であることを教えられたのです。

私は、東京太郎を選んでつき合った、綾子さんの眼力のすばらしさに驚嘆しました。

彼本来の、"社会に貢献したい"という潜在意識を見抜き、引き出したのですから。

綾子さんは、聡明で賢く、しかも優しく、そのうえ、とびっきりの美人でした。

たくさんの男性からアプローチされたでしょうに、なぜ東京太郎を選んだのでしょうか。

おそらく、彼女は次のような見方をしていたのではないでしょうか。

彼は一見つっぱっているけれども、心は素直で人の話を聞いて取り入れる力がある。

彼はヒーローになりたがっている。

いい女が彼を認めてやると、どこまでもがんばれる男だ。

彼は人の喜ぶ顔が好きだ。

彼は感受性が強く、音楽や芸術が好きだ。

彼は、本を読むのが好きであり、向上心もある。

彼は、私の愛にこたえてくれ、私をいつも気づかいしてくれる。

気持よくさせてくれる。

私を本当に大事にしてくれるのはこの人である。

お調子者のところがあり、私がほめると、どこまでも昇りつめていくところが可愛い。

私は東京太郎と、十代のころから、恋愛、セックス、男の生き方について熱く討論してきました。

その中で、学び得たことの一つが、男の本性のむずかしさでした。

男も女も、見た目だけではわからないね。

特に、男はね。

どんな女の人とつき合えるかで、眠れる潜在能力がどれだけ引き出せるかが、ちがってくる。

ということは、自分が最も、相手の能力を引き出せるという男を見つけるのが肝心というわけだ。

人生はチャンスだ。

再婚もチャンスだ。

恋愛もチャンスだ。

としたり顔して教える苦労人が多いけれども、私は、そうでないと思う。

私は、少なくとも恋愛は、チャンスでないと思う。

私はそれを、意志だと思う。

男に好かれる女の条件の第一は、「人生に肯定的な人」です。

男をほめる言葉がいえる人男と女の恋愛は、補い合う関係、成長を促し合うという関係です。

しかし、その出発点でつまずく人もいます。

つまり、女からいうと男に好かれない人と好かれる人に分かれるのです。

ですから、まず、何としても男に好かれる女の範ちゅうに入らなければなりません。

そのための条件を考えてみましょう。

同じ女なのに、どうして男が近づき、好きになる人と、まったくそうならない、つまりまったくモテない人に分かれてしまうのでしょうか。

もちろん男は女性の容姿に惹かれる面は否定できません。

美しい女性、可愛い女性を見ると、男は、一瞬心を奪われるものです。

しかし、男のほとんどは、その人と本心からつき合いたいとまで思うのではありません。

自分がつき合える女というのは現
実の問題だからです。

たとえば、理想のタイプ、あこがれとして、いわゆるアイドルをあげることがよくあります。

しかし、アイドルはアイドルです。

現実の彼女として一緒にいると、とてもじゃないけど、つき合いきれるものではないのは当り前のことです。

では、現実に好かれる女はどういう人か。

まずは、明るくて、人生に肯定的な人です。

というのは、男は、いつもライバルと戦う、競い合うというのを生まれつきの習性として持っています。

子どものときから、力関係を知り、序列を知り、チームワークに気くばりしつつ生きています。

ということは、いつも何かで心配していたり、傷ついたりしているということです。

ですから、それを補ってくれる女を求めているのです。

自分の誇りを取り戻してくれる人、「凄いよ」「できるよ」「大丈夫だよ」といってくれる人、そんな女が必要なのです。

だから、本当に男に好かれる女は、男を前向きな気持にしてくれ、すぐに立ち直らせてくれ、その女のためにオレはがんばるんだという気にさせてくれる人です。

そんな女こそそばにいてほしいと思うのです。

男は、小さなプライドの積み重ねで生きています。

誇りを傷つけられたのを、一人の時間や、
彼女との時間、家での時間、つまり私的な、プライベートな時間で癒し、取り戻すことで生きていけるのです。

小さなことでもいい、ちょっとしたことでもいいから女に賞賛してもらえたり、認めてもらえることで勇気をもらえるのです。

そもそも男は、女の言葉、それも自分を肯定してくれる言葉に命を賭けるようにできているのです。

現代のように、男と女の役割が大きく変化してしまい、幼稚園から男女同じように育っていくと、このことを忘れていますが、本質は変わっていないのです。

ここが盲点なのです。

男は、女のちょっとした言葉や態度で、いかようにも伸びていけるものです。

よい男ほど、そうした女を求めています。

そうです。

できる男を認めてやり、励ましてやり、誇りを持たせてくれる女こそ、男が必要としているのです。

人生を明るく肯定的に生きよう。

自分を認め、彼のよいところ、彼の生き方そして行動をちょっとした言葉と笑顔で認めてあげよう。

それができる女をよい男といわれるものほど、放っておくはずがないのです。

再婚は一つの結果

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恋愛をするとき、私たちは、とりあえず恋愛の目標の一つとして再婚を意識しています。

再婚は、恋愛のゴールとみる人も多いようです。

しかし、歴史的にみると、これは、かなりの少数派的考え方でしょう。

日本で再婚というのが強く意識されたのは家というものを守るためでした。

そして、子どもを産み育て子孫を残すというところにありました。

それ以外の時代は、ほとんどが一夫一婦制ではなかったといってもよいでしょう。

この一夫一婦制が世界的に定着した背景にはキリスト教の教えの影響が強く、また、男女平等を含む人権思想も影響を与えたようです。

ところが、さらに現代は、再婚は絶対ではなく、一つの選択肢というようになってきました。

とにかく、自分の人生を、より自分らしく生きようというのが重視される
ようになったからです。

しかし、いくら、自分の人生を、自分の好きに、自分の思いえがくようにといっても、一人で生きていくことは不可能です。

たとえむずかしいにしても人間関係の輪の中でしか生きていくことはできません。

そのうえ、真の自己実現も、自分の成長も、人との交わりの中で生まれるのです。

再婚をするにせよ、しないにせよ、恋愛はだれにとっても必要です。

仮に「私は絶対に再婚しない」と宣言している人でも、恋愛はするのです。

人を好きになり、恋愛に胸を焦がすのです。

そうすることで生きている、人としての喜びと感動を経験していけるのです。

私が見るところ、一九五五年前後に生まれた人たちをほぼ境にして、再婚は、社会的な義務という意識はなくなってきたといえます(ちなみに私は一九五四年生まれ)。

おそらく、男女平等思想が浸透し、「家」という概念も否定され始め、また、女性にも仕事のチャンスが増えてきたからだと思います。

恋愛の一発展形態の一つということになったのです。

今や、その世代の人たちの子どもが成人している時代です。

ですから、より自由に、より自分の心に忠実に、恋愛を楽しもうではないですか。

とにか
く、積極的に人を愛してみたいものです。

まずは、片思いでもいい。

人を愛することが大切なのです。

自分ではない、別の人に恋し、想う。

これがすばらしいと思うのです。

ここに、人としてのすばらしさの根源があるのではないでしょうか。

たとえば、母が子を想う気持。

この無私にも近い愛に、人は感動します。

同じように、あの人のことが好き、彼のことが大好き、考えるだけでドキドキする。

胸が熱くなる。

これも人間としての最高の経験だと思うのです。

あの人が生きてくれている、自分の近くにいてくれると思えるだけで、この世に生まれてきた甲斐があるのです。

さらには、その好きな人と、口がきけたら、手が握れたら、何てすばらしいんだろう。

もしも、おつき合いできたら、もしも、もしも愛し合えたら、抱きしめてくれたら、結ばれ一体となれたら、何という至福なんだろう、そう思えることこそ、すばらしいことではないでしょうか。

まずは、恋愛をしよう。

あの人のことを想おう。

きつと、結ばれる、ベストパートナーになれると願おう。


片思いであろうが、何であろうが、人を好きになること自体がすばらしいことなんだ。

そしてボクは好きな人と結ばれ、再婚することをいつも願っている。


再婚は一つの結果。

それよりも、一番大切なのは、人を好きになること、そして恋愛をすることなんだ。

恋愛してこそ、自分の心や魂が喜び、大切な人生をより豊かに生きることができるんだ。

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